りんご並木

 大火が起きた後、避難所となった飯田東中学校に着任された校長松島八郎先生が、北海道の街路樹やヨーロッパのりんご並木は美しく、そこでは落ちた実を取る者もいないと言う話をしました。

 生徒たちはその話に感動し、市が予定していた計画に提案し「街も、そこに住む人の心も美しくしたい」という願いをこめて、りんごの苗木40本を植えたのがりんご並木の始まりです。 (写真提供:飯田東中学校)


 りんご並木誕生以来、多くの人が関わっています。昭和30年初めてりんごの木に実が付きましたが、落果と盗難が相次ぎ収穫できたのは4個だけでした。りんごが盗まれたことが大きく新聞に報道された時、全国からたくさんの応援の声と手紙が届きました。その中でもりんごが好きな息子を戦争で亡くしてしまった有安勇さんは37年間多くの支援をしてくださいました。

大火と裏界線

飯田城と城下町

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